極真「方程式」
2025.08.24
「極真空手 = 大山倍達」
という絶対的な極真「方程式」。
今年、ハンガリー🇭🇺とポーランド🇵🇱での「極真空手セミナー」を担当して、強く感じた事がある。
残念ながら、最早「極真空手 = 競技大会」であり、創始者「大山倍達」は歴史的偉人であるが、道場にある写真の人、極真空手の創始者、象徴として認識され、忘れ去られる事はないが、競技選手・稽古生だけでなく、一般的にも「極真とはフルコンタクト空手の大会・試合」であるという認識が蔓延してしまっている。
しかし、極真空手はフルコンタクト空手の大会(試合競技)を指す、意味するのではない。
「極真空手 = 大山倍達」
「極真空手は大山倍達である」という絶対的な「方程式」が忘れ去られて、消滅している。
この「方程式」が存在しない組織、団体、道場、個人稽古生は、単純に「フルコンタクト空手」の組織、団体、道場、個人稽古生であり、極真空手ではない。
そして時代的に最早それはそれで良い事であると私は思う。
大会、競技を通じて、心身の強化を目的として頑張っている訳であるから。
しかし「極真」を謳っていながら、単純に「フルコンタクト空手」になってしまっているのは非常に残念でしかない。
そこに極真空手創始者「大山倍達」総裁が遺っていないからである。
創始者「大山倍達」総裁は30年以上前に他界し、全世界の道場責任者の9割以上が「大山倍達」総裁と直接関わりを持った人間ではない昨今では当たり前かもしれないが、通常の稽古の中で「大山倍達総裁の稽古体系」や「昔通りのオリジナル」「極真・大山倍達の理念」を遺していないため、そこに「大山倍達」は存在しない。存在するのは道場にある「写真」としてのみ。
昨今の道場は組手にしても型にしても、大会・競技・試合の為の「練習」しかしないため、極真を名乗る道場の練習も、極真以外のフルコン道場の練習も殆ど同じ「競技・試合」の為のもの。
つまり「稽古」をやっていないのである。
「人格形成」「人間教育」にはスポーツ運動的「練習」もプラスだが、武道としての「稽古」の方がより効果が高いと私は思う。
そして、この大きな流れは最早変える事は出来ないと今回のハンガリー🇭🇺、ポーランド🇵🇱で感じた。
私を招聘してくれたハンガリー🇭🇺のブレゾバイ師範、ポーランド🇵🇱のヤン師範は、もちろん「大山倍達」総裁の稽古体系、理念、オリジナルを残す意志を強く持つ空手家であり、それに同調する空手家たちの存在も確認出来たが、「極真空手=大山倍達」ではなく「極真空手=大会・競技」という認識から逃れられない人たちの割合が余りにも多過ぎるのである(今回の極真空手セミナー参加者ではありません)。
この大きな流れは、海外よりも日本の方が濁流のように勢いがあり、大多数が飲み込まれていて、
「極真空手= 大山倍達」の方程式は、失われている。
私は今後も、極真空手創始者「大山倍達」総裁の稽古体系や理念、思想、オリジナルを残したい空手家たちに協力させて頂くが、全体的に見れば「焼け石に水」とは思いたくないので、出来うるならば「極真空手 = 大山倍達」の方程式を持つ空手家達が少しでも増えてくれる事を心から望む。
押忍
bujutsudaishizen.com
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