「比留間凰介」初段(昇段審査を終えて)|立川市の空手道場「国際空手道連盟・極真会館(力謝会)・仁心道場」では見学・無料体験を随時募集しています

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昇段レポート

一般部

「比留間凰介」初段(昇段審査を終えて)

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ひとこと

昇段審査を終えて
比留間凰介

押忍。
私は6月16日に国際空手道連盟・極真会館(力謝会)仁心道場で昇段審査を受診させていただきました。
私が昇段審査を受けさせていただけるまでに、師範、ウルリカ先生、大村先輩、豊田先輩、北崎先輩、また多くの先輩方と同じ道場で共に頑張った仲間たちのたくさんのご助力をいただきました。私がここまで諦めず、そして大きな意味のある空手人生を送れたのは、多くの方々のおかげです。本当にありがとうございました。
私がこの道場に入門させていただいたのは今から14年前、私が4歳の時です。自宅のポストに極真空手のチラシが入っていたことがきっかけでした。母がそのチラシを見て私にやってみる?と聞いた時に最初は空手というのが怖く乗り気ではなかったのですが、「かっこよくて強い大人になりたい」と思い、「やってみる」と道場にサークル生として入門しました。実際、自分よりも大きい先輩方に囲まれて稽古を行うことはとても怖く、当時の私にとって両親から離れて1人で何かをすることにあまり慣れていなかったこともあり、一番最初の稽古(体験で参加させていただいた稽古)はただ道着を着て立っているのが精一杯で稽古の間終始泣いていたと両親から聞きました。その時がトラウマになってしまったのか、入門してからも稽古前は憂鬱になり体育館に連れて行くのが大変だったそうです。恥ずかしながら行く前は毎度大泣きし「行きたくない!」と言っていたそうです。
そんな私を両親は無理矢理にでも稽古に向かわせてくれました。「自分でやるって決めたんでしょ?」と言い、私も言ったからにはという気持ちで稽古に参加していたんだと思います。ただ、稽古を終え、先輩方と挨拶をした後に両親のもとに戻ってきた時にはとてもいい顔で「行ってよかった!」と言っていたそうです。当時の稽古がどうだったか、覚えてないですが稽古後の気持ちの良さは今も感じています。
稽古も回数を重ねていき、帯も白からオレンジ帯になった頃だったと思います。記憶が曖昧で合っているか確証がないのですが、青梅の体育館で保護者が参観できる稽古を行った時です。普段来ない地域からの稽古生も参加していていつもよりも人数が多かったような気がします。号令も普段であれば豊田先輩や大村先輩、北崎先輩などの先輩方がかけてくださるのですが、その日は師範が稽古をして下さっていたと思います。慣れない環境の中、保護者も見ていて普段よりも頑張ろうと基本稽古から集中してやっていました。型までの稽古が終わり他の稽古生の先輩方がサポーターの準備をしている間、今までであれば私は先輩に受け棒やミット打ちの相手をしてもらっていたので体育館の邪魔にならないところで待機していると先輩が袋を持って来ました。その中には私用のサポーターが入っており、「今日から組み手に参加するよ」と言われました。普段の稽古で先輩方の激しい組み手を見ていたので、心の中で「あんなのできない、怖い」と思っていました。緊張でサポーターをつけるのにも時間がかかり、先輩方が先に組み手を始めている所に後から参加しました。私の相手をしてくださるのは自分より少し大きい年長から小学生の先輩方でもちろん自分よりも経験が多く組み手にも慣れていて立ち向かうのがとても怖かったのを覚えいます。当然ですが、組み手では相手を突いたり蹴ったりします。そんな経験をしたことない私にとって組み手はまさに未知のものでした。ただそれまで稽古をしてきて、横目に見ていた先輩方の組み手に今自分も混ざっていると思うと、少しかっこよく感じて途中から恐怖なんて忘れてしまっていたと思います。ただ相手から強い突き、蹴りを受けた時は「逃げ出したい」と仕切りに思っていました。しかしそこで逃げても仕方ない、自分でやると決めたんだと母との約束を思い出すことがありました。そう気持ちを持ち直した時にこそいつも以上の力を出せていた気がします。
私はこれまでの人生の大半を空手と共に歩む中で多くのことを学びそして大切なことを知りました。その中で特に大切だと思うことの一つ目が「目の前のことから逃げないこと」です。空手を始めてから幾度となく「逃げたい」「きつい」と思うことがありました。そんな時に師範がよく「つらいことから逃げていては普通の人と同じだぞ、」と仰っていました。つらい時、苦しい時、自分に負けてしまいそうな時こそ自分に厳しくそしてより強い突きと蹴りをしなければいけないのです。今まで自分の気持ちに負け、弱い自分に頼ってしまうことが何度もありました。そのあとで楽な選択をした自分に対して、これで良かった、と思ったことは一度もありません。弱い自分はどんな時でもつらくきつい環境から楽な方へと向かわせようとします。その誘惑に打ち勝つための強い精神を持つことは、空手だけでなく普段の生活にも活かしていかなければならないことだと思っています。
また空手を通して学び私生活において、人として大切なことは「自分が第一である前に周りの人に気を配り思いやること」だと思っています。当たり前ですが、人間誰もが自分一人の力で生きていくことはできません。自分を産んでくれた母親がいて、家庭を支え養ってくれる父親がいて、共に家族として支え合っていく兄弟がいて、共に励まし合い多くの時間を共有する友達がいて、人生をより豊かにそして大切なことに気づかせてくれる空手をすることができる環境を作ってくださっている師範、先輩方、仲間たちがいて、みんながいて私の人生は成り立っていています。これだけの助けを受けて生きている私が自分第一、周りのことを気にせず自分が良ければいいなどという考えでのんびりと生きていいはずがないのです。「なぜ先輩達がおまえを気にかけて思いやってくれるのに、おまえは後輩たちに同じことをしてやらないんだ」「なぜ目の前の人をほっといて見殺しにできるんだ」これらもいつも師範が仰っていることですが、例えば目の前で間違ったこと、正しくないことをしてしまった後輩がいた時に先輩としてそれ以前に人としてなぜ正しいことを教えてやらないんだ、ということです。先輩方が私に教えてくれたこと、気にかけてくれたことをなぜ後輩に教えてやらないのか、ましてや思いやり以前に目の前で起きたことに対してなぜ無視して後輩を見殺しにすることができるのかとよく注意を受けます。私が先輩という立場になる前からもいつも言われていたことが今になっても完璧にできていません。それはどんな時でも自分が優先されてしまっているからです。先ほどの話と重なりますが、目の前で起きたことに対して思いやることより自分の楽な方を選んでしまった結果がそれです。結局弱い自分に負けてしまうことが原因で、気配りができないのも自分のことで精一杯になってしまっているからで、師範の道場に通わせて頂きながらまだこれができていないことは自分にとって恥ずかしいことです。
私は今回、仁心道場で師範から黒帯をいただきました。私は空手の実力でも精神的な意味でも到底黒帯に見合うような人ではありません。ただこの帯を締める覚悟を持ち、そして師範や先輩方、後輩たちから見ても「こいつやるな」と思われる行動ができる人間になりたいと思いました。そして道場で培った身体と心の強さを多くの人のために役立て、自分にとっても相手にとってもいい影響を与えてることができるよう空手にも私生活にも取り組んでいきたいです。
私が小さい頃から面倒を見てここまで育ててくださった先輩方、自分が面倒を見るべきまた自分にプラスを与えてくれた後輩たち、その全ての方が私にとってなくてはならない、私を成長させてくれた方々です。本当にありがとうございました。
そして今まで14年間数え切れないほどの稽古で号令をかけてくださり、私の成長を見守ってくださった大村先輩、豊田先輩、北崎先輩、
小さかった私が泣き喚いても見捨てず空手に向き合わせてくれたウルリカ先生、
そして空手を通して人として大事なことをいくつも教えてくださった師範、
本当にありがとうございました。
仁心道場で受け取った黒帯に恥じることがないようこれからも頑張ります。
これからもよろしくお願いします。
失礼します。押忍。

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